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ご当地ラーメンとマーケティング ~ 「下館ラーメン」をマーケティングから科学しよう

ご当地ラーメンとマーケティング ~ 「下館ラーメン」をマーケティングから科学しよう

唐突ですが、皆さんは「マーケティング」という言葉、一度は聞いたことがあるかと思います。ただ、「よく聞くけど、よく解らないなあ…」という人が大半かと思います。

 そして、これまた唐突ですがわたしたちにとって国民食といえば和食はもちろん、カレーにチャーハンにパスタ…などなど和製の「洋食」を含めれば、皆さん思い思いにメニューがあるかと思います。

 そのなかでも、ラーメンもまた国民食のラインナップから外せないのではないでしょうか。全国各地に「ご当地ラーメン」が存在することからも、われわれの生活に深く根差した存在であることは疑いようがないと思われます。

 とりとめのない二つの話題のように見えますが、実は難しい話題にとられがちなマーケティング要素はいくつかご当地ラーメンに置き換えられるのです。今回は茨城県のご当地ラーメン・下館ラーメンを例にマーケティングを科学してみましょう…!

盛昭軒さんの店先。地元で下館ラーメンといえばココと広く認識されている。

ご当地ラーメンは地域性と個性のかたまり

 というわけで、まずはご当地ラーメンから見てみたいと思います。皆さんは好きなラーメンってありますか?「家系なら本家本元の吉村家は外せない」とか「インスパイアは次郎とは言わない」といったこだわりのある方も多いと思われます。

 そのなかでも、「ご当地ラーメン」は古くからその土地の地域性に育てられ、地方の時代といわれている令和の日本において再び注目が集まっているコンテンツです。

 例えば、栃木県の南西にある佐野市が発祥である佐野ラーメンは青竹打ちの平麺が特徴…などのように単に産地名が付いているだけでなく、他地域のラーメンと一線を画する特徴をそれぞれが持ち合わせています。

 そして、単に地域ごとのくくりだけではなく、そのラーメンを提供する各お店にも当然ファンがいます。例に挙げた佐野ラーメンも「おぐらや」や「万里」といったお店が有名ですが、それぞれの店舗で修業をしてのれん分けをしてもらった店舗は「おぐらや系」などのようにカテゴライズされ、その系譜を継ぐお店は佐野市内のみならず栃木市・足利市といった栃木県内の他地域にも存在しています。

 言い換えれば、佐野市外の出店先の近隣では一番身近な「佐野」でもあると言えます。その意味では、発祥地を出たご当地ラーメンは「その地域を想起させるコンテンツを提供する最前線」であるとも言え、ある意味ではアンテナショップ的な存在でもあるともいえます。

マーケティングは「まわしてナンボ」

 話をもう一つの主題・マーケティングに切り替えましょう。マーケティングは、平たく言えばユーザーにとって価値のあるコンテンツの制作・発信を通じ顧客となってもらうため、消費活動を経て最終的にはファンとして定着させることを目標とするマーケティング手法です。具体的な例でいえば「くまモン」に代表されるような成功事例と言われているゆるキャラもキャラクターマーケティングの産物です。

 マーケティングはその性質上、制作して終わりではなく絶え間なく運用やアップデートを回してゆく姿勢が必須、すなわち「まわしてナンボ」の世界であり、くまモンの例を見てもお解りいただけると思います。

 若干余談ですが、中の人は「成功してるゆるキャラは戦略も運営もゆるくない」が持論だったりします。

 では、「まわしてナンボ」なマーケティングはどのように回していったらいいのか、それを少しマニアックなご当地ラーメン・下館ラーメンを例に見ていきましょう…!

「ご当地ラーメン」の訴求力 ~ 下館ラーメンを例に

 というわけで、マーケティングの科学の前に今回のもう一つの主題・下館ラーメンについて詳しく見ていきましょう。

下館ラーメンとは

 茨城県の西部にある下館(旧下館市/現筑西市)で供されてきたご当地ラーメンのスタイルです。醬油ベースのスープに縮れ麺が特徴なので普通の東京風のようですが、最大の特徴はチャーシューが鶏なのです。しかも、親鶏(卵を産まなくなり食肉にされた鶏)を使うのが古くからの下館流。

 これは戦後の食糧難の頃にルーツがあり、当時は価格が高く手が届かない豚肉の代わりに安価に入手できた親鶏がチャーシューとして使われたことから定着しました。

 もとは代用品でしたが、現在では下館ラーメンの「顔」としてアイデンティティを担う重要な要素になっています。また、鶏皮をトッピングするお店も多く、これも下館ラーメンを下館ラーメンたらしめている重要な存在です。

 ちなみに縮れ麺にもきちんと意味があるのです。下館はかつて「商都下館」や「関東の大阪」という異称をもち、商業的にかなり集積のある都市でした。そこで忙しく商売をしている人たちならば、当然ながらわざわざ飲食店へ行く時間などありません。

 そこで、取りうる選択肢はそう。出前を取るのです。しかし、出前が来たとてすぐにありつけないこともしばしば。…そこで、伸びにくいように工夫されたのがこの縮れ麵なのです。単に縮れているだけでなく、スープを吸いにくいこともその工夫の一環だそうです。

伝統の老舗・平成令和の新店

 下館ラーメンは、市内にある老舗の飲食店で提供されていました。現存最古といわれている「筑波軒」や、オリジナルの製麺所を有し他店にも麺を卸していることで知られる「盛昭軒」をはじめ「さくらい食堂」や「永盛食堂」「たまや」といった老舗中の老舗は枚挙にいとまがありません。

盛昭軒のラーメン。「下館ラーメン」と注文すると鶏皮トッピングで楽しめる。

 ですが、一時期はこれらの老舗格の飲食店でしか提供されておらず、かつては「いつかは閉店と同時に下館ラーメンそのものも消滅してしまうのではないか」といった懸念も聞かれていました。

さくらい食堂のラーメン。こちらも鶏皮トッピングが人気。

 しかし、平成末期に下館駅南口界隈に「あおい」や「やそじ」といった新店が開店して以降はその流れも変わってきました。これらの新店は下館ラーメンらしさを引き継ぎつつも、鶏チャーシューが柔らかく炙りになっていたり、出汁も醤油ベースでも現代風になっていたりと平成令和の現在にアップデートされており、全く違った様相になっているのも高ポイントです。

やそじのチャーシュー麺。ここにはかつて「駅前ラーメン」という店舗があったという。

マーケティング要素を下館ラーメンから汲み取ろう

 さて、すっかりご当地ラーメン語りのような空気となってしまいましたが、本題であるマーケティングへと戻りましょう。

 さきほども「ご当地ラーメンは地域性と個性のかたまり」というお話をしましたが、下館ラーメンの成立から現在に至るまでたどってきた経緯を紐解くと、マーケティングに通じる要素がたくさん含まれているのです…!

チャーシューとトッピングの鶏=ブランディング/差別化戦略

 前述のとおり、元々は戦後間もないころ豚バラが入手困難だったころに親鶏を使ってチャーシューを作ったことがルーツであり、その意味でいえば代替品です。しかし、下館ラーメンを検索していただければ、そこには濃口醤油スープの海に浮かぶ鶏チャーシューの光景が。これがブランディングや差別化戦略の本質、パッと見でそのものの魅力が伝わり、他者とは違う優位性を持っているということです。

 本質的に「ブランディング」とは「顧客に企業や製品の価値・イメージをよりよく認知してもらうための取組み」です。

 しかし、ブランディングに「産品に地名をつけること」というような少しズレた認識を持っている方も地方を中心にまだまだ見受けられます。「大間のマグロ」や「仙台の牛タン」みたいな例もあるので気持ちはわかるのですが、あくまで他と差別化要素に地名が用いられているというだけであり、それだけでは5点満点中1点あるかないかくらいの印象です。

伸びにくい縮れ麺の採用=ダイレクトマーケティング / ユーザビリティの向上

 こちらも上記の通りですが、出前文化が発達した下館では伸びにくいように麺が工夫され、現在の縮れ麺として結実しました。この文だけ見ても、おそらく下記のようなやり取りがあったのではないかというのは想像に難くありません。

大将「出前ですー。」
社長「よお、大将、ちょっと相談なんだけんども」
大将「はい」
社長「麺伸びにくくできねーけ?したっくれ汁吸ってブヨブヨになんねーから時間経ってももっと旨めーと思んさ」
大将「あー…。たしかに…!」

*こんな文を書いておきながらなんですが、下館の街なかに昔から住んでる方は程度の差こそあれここまで訛っていない方のほうが圧倒的に多いです。

 出前に来たラーメン屋さんの大将と出前を取った社長のやり取りをこれ見よがしな方言で書いたやり取りですが、おそらく出前をとった他のお客さんからも伸びにくい麵の要望はあったはずです。ある程度の需要を見込んだ大将は伸びにくい麺を工夫し開発。出前文化の街に対応した麺は下館ラーメンを形作る要素として定着していきました。…ということがきっとあったはずです(出典なしで押し切る筆者)

 このやり取りはダイレクトマーケティングにあたるといえます。ちなみにダイレクトマーケティングとは、顧客に対して直接コミュニケーションをとり、その反応により、顧客の需要に合わせてマーケティングを行うことを指します。

 この例ですと、大将が社長と直接やり取りをしたところから「出前を取ってから食べそびれても伸びにくい麺で作ってほしい」という、この社長だけでなく下館という「出前の需要が盛んにある」「顧客は来客や取引先の応対などにより多忙のため、出前が届いてもすぐに食べられないことがしばしばある」という市場の需要に合致してできたものと推測できます。

 そして、社長のような顧客からすれば「食べそびれても伸びにくいラーメン」はそうでないラーメンに比べて使い勝手が良いと推測されます。このような顧客、すなわちユーザーにとって使い勝手の良いサービスや製品を「ユーザビリティが高い」と形容することがあります。マーケティングによってユーザビリティを向上させることは、そのサービスや製品の価値を高めることに直結します。

 ちなみに先ほどの社長のような想像上の顧客に、マーケティングを進めて得られた需要をもとに一人のプロフィールのように作られたものを「ペルソナ」といいますが、ここでペルソナまで語りだしてしまうと鶏皮盛り過ぎな下館ラーメンになってしまうので割愛します(表現)

平成令和にできた新店系下館ラーメン=リスキリングの成果

 そして、下館ラーメンは老舗だけではありません。それまでは上記の通り既存の老舗勢力しかありませんでしたが、下館駅南口界隈を中心に平成末期あたりから新規オープンの店舗が続き、それまでの下館ラーメンらしさは引き継ぎつつも平成令和の現代日本のラーメンとしてアップデートして登場した新店系下館ラーメンといえるのではないでしょうか。

 この動向、実は昨今のIT業界でもよく聞かれる「リスキリング(reskilling)」と概念をほぼ同じくしている流れです。リスキリングは、「再(re)」+「スキル(skill)」を組み合わせた言葉に動名詞化のingをつけてできている言葉で、「技術やビジネスモデルの革新に適応するために、新たな専門知識やスキルを会得して対応すること」を指します。

 新店系下館ラーメンの店主さんたちも「どうしたらバズる下館ラーメンになるだろうか」と考えたり調査したりは当然されたと思います。伝統的な下館ラーメンの成立した時代から嗜好も文化も変化しつつある現代に、より通用するにはどのようなアップデートをするべきか。きっと出汁をとったり鶏チャーシューの炙り具合だったり、様々なところで新たな専門知識やスキルを調査してあたっていったと思われます。

 そういった意味でも、平成令和にできた新店系下館ラーメンのお店とは、リスキリングの賜物ではなかろうかと思われるのです。

むすびに ~ マーケティングとは架け橋なのです

 以上、取り留めのなさすぎる「下館ラーメンとマーケティング」という二つの組み合わせでこの記事をお送りいたしました。

 実はほぼ思いつきのような感じでこの題を設定したのですが、深掘ってみると「街に暮らす人々の思いやり」を感じる場面がたくさんありました。

 特に、伸びにくい麺の話は「多分ホントにこんな感じだったんだろうな」と自分で思わざるを得ないほどに生々しさがありました。…ですが、当然「いい意味での生々しさ」であり、顧客に支持される商品・サービスはこういった徳のあるものなんだろうなと改めて認識いたしました。

 マーケティングというと現代的でかっこいい印象をお持ちの方もいらっしゃると思われますが、その実はこの事例からもわかる通り昔から続いている人と人との掛け橋。その本質にリアルとウェブの区別はないと思います。